小林麻央さん死去に想う|母として無念心残り

夕方、別室で作業していた私に、小学3年生の息子が、声をかけてきました。

「いや、なんでもないんだけど・・・、小林麻央 死去だって」

「えっ!?」

「そうなの、亡くなったんだ・・」

その瞬間、色々なことが思い浮かびました。

一番は、同じ子供を育てる母として。

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母としての心残り

最近の報道で、正直「あとどのぐらいなんだろう?」などと思うときもありました。

それは、有名人に対する、客観的な思いでした。

でも、有名人の前に、「女性」「妻」そして「母親」なのですよね。

実は私は、身内を2人若くして亡くしています。

一人は、義理の妹です。

結婚して間もなく病を発症し、3年の闘病生活の後に亡くなりました。

享年32歳でした。

もう一人は、実の姉です。

東日本大地震の直後に倒れ、わずか2週間ほどで亡くなってしまいました。

享年42歳でした。

自分が、麻央さんや、義妹や、姉の立場だったらどうでしょう?

まだ幼い我が子の世話を、まともにできない自分。

更には、この世に残して旅立たなければならない運命。

愛する人と結婚して、子供を産み、ごく平凡な家庭を築くことを疑わなかったのに、叶わなかった運命。

平凡な家庭で、小学生高学年になった息子のこれからの成長を見守ることができなかった運命。

子供とどれだけ一緒に居たかったことでしょう。


女性なら、子供を授かる喜びを体感したかったことでしょう。

子供の成長をいつまでも、そばで見届けたかったことでしょう。

本当に心残りだったと思います。

無念

旅立ったひとにとっては、その一言に尽きると思います。

私には3人の子供がいます。

今、死という将来が目の前に突き付けられた時、一番何が辛いかと訊ねられたら、

「子供と共に生きて、楽しさ、辛さ、悲しみを共有できないこと」

と答えるでしょう。

自分が病気の症状で辛いというのは、当然あると思います。

経験したことがないので、その辛さをはかり知ることはできません。

でも、それよりもなによりも、自分がこの世からいなくなり、子供や夫に寄り添えなくなることが、私にとっては何よりの恐怖です。

麻央さんも、同じ心境だったからこそ、あれほどまでに気丈に病と闘い続けられたのではないでしょうか。

お金がなくて、買いたい物が買えない、行きたいところに行けない、そんなことは、悩みの比ではないなとも思いました。

喜びも、悲しみも、楽しみも、辛さも、嬉しさも、苦しみも、生きていてこそなのです。

死より怖いのは、子供が大人になる過程で経験する、喜び、悲しみ、辛さ、恐怖などの場面に立ち会えないことです。

麻央さん、どんなに生きたかったことでしょう。

義妹、実姉も、きっと同じ気持ちだったはずです。

女性として、母親として、妻として生きたかった人を想った時、少なくとも、私たちは生きることができています

更に、授かった子供のお世話が出来ているのです。

自分の悩みなど、あまりにもちっぽけに感じました。

ちっぽけというのは、避けようがなかった「死」に比べれば、です。

麻央さんのご冥福を、心からお祈り申し上げます。

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